
閉じた本
- ギルバート・アデア/翻訳:青木 純子
- 東京創元社
- 882円
書評/ミステリ・サスペンス

★★★★★★★★★★ west32書評 ★★★★★★★★★★
うーん、セリフだけでここまで描き切るとは!まるで舞台でのモノローグを観るようにグイグイ引き込まれる作品だ。
登場人物
口述筆記の青年ジョン・ライダー
大作家で事故で目を失ったポール
お手伝いのキルブライドさんとその夫
エージェントのアンドリュー・ボウルズ
設定がかなり特異な状態で作られている。かつての大作家ポールが事故で目を失い、人と全くあわない生活を送っている。居るのはお手伝いさんのギルブライドさんだけ、彼女がポールの食事から身の回りのことをしている。
そこへ目の見えないポールに代わって口述筆記をするジョン・ライダーが雇われる。気難しいポールに対して、テキパキと対応のジョン、着々とポールの自叙伝的作品「閉じた本」が書き綴られる。
こんな情景が、地の文なしに二人の会話だけで綴られ、私はその言葉の魅力に取りつかれてしまった。会話だけ、そう舞台のモノローグ劇のように一切の説明のためのものはない、ただあるのは二人、一人の言葉だけ。話される言葉から状況を推測し、頭の中で思い描く、はっきり言って良く分からない、でもそれが面白いのかもしれない。
ポールはジョンの手助けにより着々と作品を作り進める。そんな中でストーリーは段々と二人の関係のずれ、目の見えないポールの周りに起こる違和感、ジョンの言葉のちょっとした不可思議感、積み重なる不安。目の見えないポールとともに、読んでいる私も不安に満ちあふれてくる。
二人の言葉だけで目に浮かべている情景、それ自体が正しいかどうか分からなくなってくる。やがて恐怖に感じるようになってくる。
ストーリー自体をこれ以上語ると重要な内容を話してしまいそうだ。この引き込まれる面白さを誰にも共感して欲しいと思うので、これ以上ストーリーに関しては語らない。
最後に訳者の言葉があり、オードリー・ヘップバーンの映画「暗くなるまで待って」を思い浮かべる読者も多いのではとあるが、確かに盲目の主人公が出るということで似ている。でも訳者も書いているように映像では「絵」が語る。受け手に映像的に説明してくれる。媒体が違うということでこの「閉じた本」は、受け手である読者が会話の文から全てを自分で創作しなければならない。読み手にとっての負担ではあるが、楽しみが増える。そして創造の分だけ、恐怖、不安感が大きい。
私の読んだ最近のミステリーの中でピカ一の作品だ。
「情景を会話から想う不確かさポールの不安私の不安」