「あなたは立派な中古人体です」、確かに、人って生まれてから大人になるまでの成長を過ぎると、もうただの中古品、色々つぶれたり、歪んだりしているが、私達は立派な中古品として生きている。

祝!中古良品 ―アカセガワ版養生訓
- 著:赤瀬川源平
- 出版社:KKベストセラーズ
- 定価:1575円
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★★★★★ west32書評 ★★★★★
「あなたは立派な中古人体です」、ショッキングな言葉だけど、言い得ている。そんな『まえがき』ではじまる赤瀬川原平氏のエッセイ。本の構成は、「第一部おねしょ少年の自伝的養生訓」「第二部貝原益軒先生にきいてみよう」「特別養生対談」と大きく三つに分かれる。
第一部は赤瀬川氏の子供の頃から今、そして将来(遺書、葬式)についての短い文章。まずは赤瀬川氏の子供の頃のおねしょや貧乏な生活、そして貧乏性について、戦中、戦後の時代を背景に淡々と綴っている。きちんとするということを例に貧乏性が凡帳面に通じるとのことばがあるが、なるほどと思う。その後、「欲」「病」「老」と続くが淡々と述べている。最後に「死」を取り上げているが、そこで現れている写真の文字は印象的.....『経営者高齢のため閉店致します』。今の日本においては、まさにこんな世界、次のない世界が待っている。本当は代替わりという次への再生があるはずが、今はもうない。
第二部は、17世紀末の儒学者、貝原益軒(えきけん)の記した「養生訓」を元に睡眠欲、性欲等について自分の意見を対比させながら気ままに述べている。養生訓の中で、私は「完全無欠を求めない」という言葉にが気に入った。完全無欠を好むとどうもストレスが増えることがあるので、現代においても重要な言葉だ。
最後に、南伸坊さんとの対談。ここでは『まえがき』に書かれた人間が「中古品」であることの論議に戻る。新品が理想でも病気になったらやっぱり中古品だと認識することになる。手術をすると欠損品にもなる。この考え方って本当に言い得ている。南さんが言う「目指すべきは「中古良品」かな。そうだ、中古良品がいいなぁと思わずうなずいてしまう。
このエッセイの中で一つだけひっかかることがある。それは「左翼」って言葉。赤瀬川氏はなんか馬鹿にした、旧態然とした言葉として使っているが、私にはなじめない。そのような代替として使うより、はっきりそう言えばよいのにと思う。
私は、前書きの部分、そして対談の最期の方とっても気に入った。
確かに、人って生まれてから大人になるまでの成長を過ぎると、もうただの中古品、でも中古人体もここまで耐えたという意味での強さはある。自分の体をみると色々つぶれたり、歪んだりしているが、立派な中古品として生きている。
そうだろうなぁ、このエッセイを読んでもっと中古品として生きるのもいいなぁと思う人が沢山いるのではないか。
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